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福岡地方裁判所 昭和45年(行ウ)42号 判決

福岡市中央区春吉三丁目一四-二五

原告

畠田正蔵

右訴訟代理人弁護士

森田莞一

同市中央区天神四丁目一-三七

被告

福岡税務署長

後藤一郎

右訴訟代理人弁護士

国武格

右指定代理人

大神哲成

江﨑福信

高田民男

中村程寧

本田義明

小柳淳一郎

主文

一  被告の原告に対する、昭和三九年分、同四〇年分、同四一年分の各所得税についていずれも昭和四三年三月七日付更正通知書をもつてなした更正処分(審査請求によつて取消された部分を除く。)のうち、昭和三九年分につき所得金額金五七三万一二九七円を越える部分、同四〇年分につき所得金額金四六五万一四三四円を越える部分、同四一年分につき所得金額金九九二万五二四五円を越える部分及び右各部分に相応する税額ならびに重加算税額を各取消す。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、請求の趣旨

1  原告の昭和三九年、同四〇年、同四一年分の各所得税について、被告のなした次の各処分を取消す。

(一) 昭和四三年三月七日付「昭和三九年分所得税の更正通知書」をもつて所得金額及び税額を更正し、重加算税を賦課した処分のうち、所得金額二二四万一七七八円、税額四五万七五八〇円及び重加算税額六万八四〇〇円を越える部分。

(二) 右同日付「昭和四〇年分所得税の更正通知書」をもつて所得金額及び税額を更正し、重加算税を賦課した処分。

(三) 右同日付「昭和四一年分所得税の更正通知書」をもつて所得金額及び税額を更正し、重加算税を賦課した処分。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二、請求の趣旨に対する答弁

1原告の請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

第二、当事者の主張

一、請求原因

1  原告は被告に対し、昭和三九年分から同四一年分の各所得税について別表1の申告額欄記載のとおり各申告していたところ、被告はいずれも昭和四三年三月七日付の昭和三九年分から同四一年分の各所得税の更正、加算税の賦課決定書をもつて、それぞれ同表原処分額欄記載のとおり所得金額及び税額を増額更正し、過少申告加算税及び重加算税を賦課する処分をなした(但し、昭和三九年分の事業所得については、原告が昭和四三年四月六日、被告に対し異議を申立てた結果、被告は右所得につき貸倒損金五〇万円を認め所得金額を同額だけ減額したものである。)そこで、原告は昭和四三年七月二四日、福岡国税局長に対し審査請求をしたところ、裁決により同表裁決額欄記載のとおり一部取消され、その余の部分につき棄却された(以下、右審査請求によつて取消された部分を除き、単に本件処分という。)。

2  被告が本件処分をなした理由の要旨は次のとおりである。

(一) 原告には申告外の事業所得(貸金業による利息収入)があり、原告が銀行から借り入れた金員のうち使途不明のものは、全て貸金業の資金として一律に日歩一四銭の利息をもつて貸付られたものと推定したこと。

(二) 原告には、さらに申告外の雑所得として商品取引による収益があること。

3(一)  しかしながら、原告が銀行から借り入れた金員のうち、貸付に使用した額及びその利息収入は別表2記載のとおりであり、原告の貸金による事業所得の金額は右利息収入に課税標準率である八八%を乗じた次の金額が相当である。

〈省略〉

(二)  雑所得について、原告は架空名義により商品取引をなしていたのであるが、昭和四一年には岡藤商事株式会社福岡支店(以下岡藤商事という。)における中村敏子及び神沢洋子名義の取引で金八七八万〇八四〇円の、昭和四〇年は江口商事株式会社大牟田支店(以下江口商事という。)における浦倫及び江崎昇の名義により金二二二万七二〇〇円の、昭和三九年は同じく浦倫名義により金五九万一五八九円の各欠損を生じているので、原告の雑所得はいずれも零であり、かつ、損益通算により所得合計額から右の各欠損額を控除すべきである。

4  以上により、原告の昭和三九年から同四一年の各所得及びその税額は別表1原告主張額欄記載のとおりであつて、被告のなした本件処分のうち、昭和三九年分については右の原告主張額を越える部分、同四〇年分、同四一年分についてはその全部につき違法というべきであるから、請求の趣旨記載のとおりの判決を求める。

二、請求原因に対する認否

1  請求原因1.2の各事実はいずれも認める。

2  同3の(一)、(二)はいずれも争う。

雑所得について、原告は欠損が生じていたと主張しているが、中村敏子及び神沢洋子名義の取引は訴外中井紀夫のなしていた取引であり、浦倫名義の取引は江口店事に勤務していた訴外浦忠正の実父浦倫自身の取引であつて、原告が主張する各名義の取引はいずれも原告自身の取引ではない。

3  同4も争う。

三、被告の主張

1  原告の昭和三九年分、同四〇年分、同四一年分の所得につき被告のなした算定の内容は次のとおりである。

(一) 昭和三九年分について

(1) 所得の内訳は次のとおりである。

〈省略〉

〈省略〉

(2) 右事業所得については原告が営んでいる貸金業の収入利息であるが、これは原告が西日本相互銀行(以下西相と略称する。)天神支店及び西相西新支店から原告名義及び今村勇夫外三名の架空名義で借入れた金員をそのまま第三者に貸付けたものと認定し、同銀行から借入れた日をもつて第三者に貸付けた日とし、同銀行に返済した日をもつて第三者から貸金の返済を受けた日とし、利息を日歩一四銭として推算したものであり、その明細は次のとおりである。

(イ) 西相天神支店における原告名義取引状況及び認定収入利息

〈省略〉

〈省略〉

(ロ) 西相西新支店における原告名義取引状況及び認定収入利息

〈省略〉

〈省略〉

(ハ) 西相天神支店における今村勇夫名義取引状況及び認定収入利息

〈省略〉

(ニ) 西相天神支店における恵村よし子名義取引状況及び認定収入利息

〈省略〉

(ホ) 西相天神支店における星野公成名義取引状況及び認定収入利息

〈省略〉

(ヘ) 西相天神支店における山脇順二名義取引状況及び認定収入利息

〈省略〉

〈省略〉

以上(イ)ないし(ヘ)の各表の収入利息金額の総合計は金四六七万五三七〇円となるが、これにさらに金九〇〇〇円を認定加算して、原告の昭和三九年分事業所得の収入金額を金四六八万四三七〇円と推算したものである。

(二) 昭和四〇年分について

(1) 所得の内訳は次のとおりである。

〈省略〉

(2) 右事業所得の収入金額二四九万九〇三五円のうち二四二万三九六〇円は貸金の収入利息であるが、これは原告が、西相天神支店および同西新支店から原告および今村勇夫の仮装名義で、借入れた金員を、そのまま原告が第三者に貸付けたものと認定し、同銀行から借入れた日をもつて第三者に貸付けた日とし同銀行に返済した日をもつて第三者から貸金の返済を受けた日とし、日歩を一四銭とし推算したのである。その明細は次のとおりである。

(イ) 西相天神支店における原告名義取引状況および認定収入利息

〈省略〉

(ロ) 西相天神支店における今村勇夫名義取引状況および認定収入利息

〈省略〉

(ハ) 西相西新支店における原告名義取引状況および認定収入利息

〈省略〉

右、(イ)、(ロ)、(ハ)各表の収入利息金額の総合計二四二万三九六〇円に手形割引料収入一〇万〇九二五円を加え、これから減算すべきものと認定した二万五八五〇円を差引き、原告の昭和四〇年分事業所得(貸金等)の収入金額を二四九万九〇三五円と推算したものである。

(三) 昭和四一年分について

(1) 所得の内訳は次のとおりである。

〈省略〉

(2) 右事業所得の貸金の収入金額(貸金業)二四〇万三三〇五円のうち二三五万三六八〇円は貸金の収入利息であるが、これは原告が西相駅前支店、同天神支店および同西新支店から原告えよび若松満夫外一名の仮装名義で、借入れた金員をそのまま原告が第三者に貸付けたものと認定し、同銀行から借入れた日をもつて第三者に貸付けた日とし、同銀行に返済した日をもつて第三者から貸金の返済を受けた日とし、日歩を一四銭として推算したのである。その明細は次のとおりである。

(イ) 西相駅前支店における原告名義取引状況および認定収入利息

〈省略〉

(ロ) 西相天神支店における原告名義取引状況および認定収入利息

〈省略〉

(ハ) 西相西新支店における原告名義取引状況および認定収入利息

〈省略〉

〈省略〉

(ニ) 西相西新支店における若松満夫名義の取引状況および認定収入利息

〈省略〉

(ホ) 西相天神支店における大槻公輝名義の取引状況および認定収入利息

〈省略〉

右、(イ)ないし(ホ)各表の収入利息金額の総合計二三五万三六八〇円に手形割引料収入二八万一七〇五円を加え、これから減算すべきものと認定した二三万二〇八〇円を差引き、原告の昭和四一年分事業所得(貸金業)の収入金額を二四〇万三三〇五円と推算したものである。

(3) 前記事業所得のうち、雑収入五八万六七二〇円は、原告が昭和四一年三月一七日に訴外古賀平七から、貸金の代物弁済として取得した不動産を同年九月二二日に訴外塩塚利仁に売却した分にかかる所得であり、貸金業の附随業務から生じた雑収入金と認定したものである。

2  事業所得認定について

(一) 被告は、原告が貸金業を営み相当の収入を得ていることを覚知していたが、原告からは右所得につき申告がなされなかつたので、昭和四二年七月から原告の所得の調査に着手した。

右調査に際し、原告は全く協力しようとしなかつたのであるが、原告の取引銀行である西相を調査した結果、原告は同行から手形貸付の方法により、原告本人名義及び多数の架空名義を用いて、前記のとおり頻繁かつ多額の資金を借入れている事実が判明した。

(二) 原告はレストラン「アラスカ」を経営する傍ら商品取引や手形割引等相当な取引をなしているので、被告としては右借入れ資金の使途について原告に対し回答を求めたところ、原告は一部について第三者への貸付資金にあてたことを認めたものの大部分についてはその使途を明らかにしなかつた。

そこで被告は、右資金が貸金以外の取引の資金に利用された事実の有無、他の銀行からの借入れ金の返済にあてられている事実の有無等について、さらに丹念に調査を続行したが、ついに右のような事実を発見することができなかつた。

(三) 以上のように本件借入資金の全てが貸金のため使用されたことを認める資料は発見できなかつたのであるが、銀行から低利で借入れて、これを高利で貸付けることによつてその利ざやを取得することは有利な利殖方法であり、一部についてではあるが原告自身右方法によつて貸付けたことを認めていること、本件のような頻繁かつ多額の銀行取引の態様は、通常の取引的観点からみれば頗る変則的であつて、原告が右の変則的取引を必要とするような特段の事情もないこと、原告の本件銀行取引を貸金の運用資金という観点からみると極めて合理的に理解しうること、本件借入資金が貸金以外の使途に用いられた形跡は全くなく、かつ、原告がその使途を明らかにしようとしないことなどを合わせ考えると、被告が、原告の本件借入資金を貸金のために用いたものと推認して、これに対し課税したことは何ら合理性を失するものではない。

(四) 原告が西相から借入れた日をもつて第三者に貸付けた日とし、同行に返済した日をもつて第三者から貸金の返済を受けた日とした理由については、原告が貸金にあてたことを認めた部分につき、貸付日が銀行からの借入日に、回収日が銀行への返済日にそれぞれ合致していることや、原告が極めて高度の経済人であることはつとに風評のあつたところであり、したがつて、たとえ一日の遅れでもその分の銀行借入利息相当分の損害が発生するので、原告はこれを避けて行動したであろうということが十分推認されたことに基づくものであり、また、貸金利率を日歩一四銭とした理由については、借主の判明している部分について利率を聴取し、その平均値を採用したものである。

四  被告の主張に対する反論

1  推計による所得額の認定及び課税処分が適法であるためには、その方法が合理的であり且つその基礎となる数字が正確でなければならないところ、被告のなした本件処分は次のとおり合理性がなく、且つ、その収入額の認定が正確性を欠くものというべきである。

(一) 原告は昭和三九年初めころから有限会社組織をもつてレストラン「アラスカ」を経営しているが、会社といつても個人経営と大差のない原告個人の支配下にある会社であつて、その運営資金の不足分を原告の銀行借入金によつて賄い、会社資産に余裕を生じたときは原告を通じて銀行に返済することは常時行われていたことであるから、被告は当然右会社の帳簿を調査すべきであり、且つ容易に調べうるにも拘らずこれを行つていない。

また原告は昭和三九年初めころ、「アラスカ」の営業権を譲り受けるため約金一〇〇〇万円を支出しているのであつて、右金員が銀行借入によつて賄われているにも拘らず、被告はこの点について全く考慮していない。

(二) 原告は、銀行から手形貸付の方法で金員を借入れ、その手形の満期が到来したとき、手形を書替えて借入れを継続した場合があり、この場合には金員の授受は行われていないのに拘らず、被告はその都度第三者に対する貸付とその回収が行われたものと認定しており、これは全く経験則に反するもので合理性を欠くものである。

さらに、右手形貸付による借入が最終的には借入の担保となつている原告の定期預金と相殺されているものがあり、仮に第三者からの貸金の回収があれば右相殺は行われるはずがないのであるから、相殺のなされている借入金は貸付資金に利用されていないことが明白である。

(三) 原告は商品取引も行つており、そのため銀行借入が頻繁に行われていることは容易に考えられる。

(四) また、原告は昭和四〇年三月、長崎相互銀行黒門支店に合計金五〇〇万円の預金をしており、この金員も当然原告の銀行借入金からあてたものというべきである。

(五) 被告は、貸金の利率を日歩一四銭として利息金収入を算定し、それに課税標準率を乗じて所得額を推計しているが、原告が第三者に金員を貸付ける場合必ず二人ないし四人程度の仲介人が介在しており、右仲介人らも利息の一部を得ている。従つて、原告の受領した利息の割合は月二分ないし三分であつて、被告がこれを日歩一四銭と認定したのは全く事実に反する。

2  およそ税務調査において、収支面で所得を推計する場合は必ず財産法(資産負債の増減法)によつて吟味するのが常道である。これは賃借対照表と損益計算書の結論の所得金額は同一であるべきであるという会計原則に基く。

本件においては、貸金及び商品取引について収支計算に関し多くの問題点を抱えているので、必ず財産法による算定を試みるべきであり、誤つた過大な課税をなさないよう注意を払うべきである。しかるに、被告は財産法による算定の結果が本件課税処分と相当の差異があつたとして、これを全く考慮していないので本件処分は違法というべきである。

第三証拠

一  原告

1  甲第一号証ないし第六号証、第七号証の一ないし五、第八号証の一ないし一二、第九号証ないし第二一号証

2  証人柿原弘義、同喜田川章、同浦忠正、同村田時男、同小川邦明、同中島健一の各証言、原告本人尋問の結果

3  検証の結果

4  乙第一二号証の九、第四七号証ないし第四九号証の各成立はいずれも認め、その余の乙号各証の成立は不知。

二、被告

1  乙第一、第二号証の各一、二、第三、第四号証の各一ないし三、第五号証の一、二、第六号証の一ないし三、第七号証の一ないし八、第八号証の一ないし四、第九号証の一ないし一二、第一〇、第一一号証、第一二号証の一ないし九、第一三号証の一ないし三、第一四号証の一、二、第一五号証ないし第一九号証、第二〇号証の一ないし四、第二一号証の一ないし三、第二二号証の一、二、第二三号証の一ないし三、第二四号証ないし第二六号証、第二七号証の一、二、第二八、第二九号証、第三〇号証の一、二、第三一号証ないし第三四号証、第三五号証の一ないし八、第三六号証の一ないし三、第三七号証ないし第四〇号証、第四一号証ないし第四三号証の各一、二、第四四、第四五号証、第四六号証の一、二、第四七号証ないし第五五号証

2  証人清成英雄、同吉積徳夫、同梯賢一の各証言

3  甲第一号証ないし第六号証の成立はいずれも認め、その余の甲号各証の成立は不知。

理由

一、請求原因1、2の各事実はいずれも当事者間に争いがない。

二、そこで本件処分の適法性について判断するに、被告のなした原告の昭和三九年分、同四〇年分、同四一年分の各所得の算定のうち、不動産所得、給与所得、雑所得(但し欠損を除く)の各金額については当事者間に争いがない。

1  事業所得について

(一)  事業所得認定の経緯(貸金業の事業所得)

成立に争いのない乙第一二号証の九、いずれも証人清成英雄の証言によつて成立を認める乙第一一号証、第一二号証の一ないし八、第一三号証の一ないし三、第一五、第一六号証、第二〇号証の一ないし四、第二一、第二三号証の各一ないし三、第二四号証ないし第二六号証、第二七号証の一、二、第二八、第二九号証、第三〇号証の一、二、第三一号証ないし第三四号証、第三五号証の一ないし八、第三六号証の一ないし三、いずれも証人吉積徳夫の証言により成立を認める乙第三七、第三八号証、第四六号証の一、二、いずれも証人梯賢一の証言により成立を認める乙第五一号証ないし第五五号証、証人清成英雄、同吉積徳夫、同梯賢一の各証言を総合すると次の各事実が認められる。

(1) 原告は本件係争年度分の各所得につき別表1申告額欄記載のとおり申告していたのであるが(この点は前記のとおり当事者間に争いがない。)、被告は、いわゆる見分資料等の部内資料により原告が表向きは有限会社畠田産業の代表取締役としてレストラン「アラスカ」を経営する傍ら、これと並行してかなり多額に渡る貸金業や有価証券の売買及び小豆等の商品取引をなし、相当の所得を得ているものと判断し、福岡税務署の上席調査官吉積徳夫、調査官清成英雄ほか一名の調査官をして、昭和四二年七月一〇日から同年一二月末日まで、のべ一八〇日間に及ぶ特別調査にあたらせた。

右調査に際し、同署調査官らは原告自身の任意の申告を期待し、原告に面接して所得の実態を把握しようとしたが、原告は不動産所得関係について税理士を通じて一部資料を提出しただけで、事業所得(貸金)やその他の所得については全く調査に応ずる態度を示さなかつた。

(2) しかし、右調査官らは原告が訴外古賀平七ほか数人に対し多額の金員を貸付けていることを覚知していたので、右借受人らに対する反面調査を行う一方、原告の取引銀行である西日本相互銀行の原告名義の預金口座における金員の出入関係について綿密な調査を開始した。右銀行調査の方法は、原告と銀行との取引の際の入金伝票と出金伝票の照合、原告名義の預金口座に対し振込まれている小切手類もしくは原告名義の預金口座から支払われている小切手類等の裏書人の追跡調査等であるが、これに合わせて原告の不動産所得の調査の際、原告が所有するアパートの管理人(不動産業者訴外井上徳市)から原告名義及び原告以外の名義人の銀行預金口座に対し小切手で毎月の賃料が振込まれている事実が判明していた。そこで調査官らは原告名義の銀行預金口座と原告の架空人名義によるものと思われる銀行預金口座間の金員の出入関係を照合しつつ調査を続けたところ、銀行備付けの手形貸付元帳により、原告は銀行から、手形貸付の方法により原告名義の定期預金ほか今村勇夫等二〇数人の架空人名義による定期預金を担保にして、頻繁に多額の金員を借入れていることがわかつた。

(3) 右手形貸付元帳にもとづく原告の借入れ及び返済の状況のうち、一部についてすでに原告から金員を借り受けたことの判明していた借受人の反面調査により、原告が金員を貸付けた時期及び返済を受けた時期が、手形貸付により銀行から金員を借入れた時期と銀行に返済した時期に各符合していたので、調査官らはその余の分についても原告は銀行から借入れた金員を第三者への貸付にあて相当な収入利息を得ているものと推測したのであるが、原告はレストラン「アラスカ」を経営しているほかかなりの取引関係を有しているところから、右手形貸付による銀行からの借入金のすべてが貸金の資金として運用されているものと即座には断定することができず、右借入金の使途につきさらに検討を重ねた。

調査官らは右手形貸付元帳を基礎として本件係争年度分の原告の借入状況を集計した統計資料を作成し、これを原告に呈示して、各借入金の使途を尋ねたところ、原告は前記のとおり反面調査が完了し、原告が第三者に貸付けた事実が判明している分等について、一部につき右手形貸付による銀行からの借入金を第三者への貸付資金にあてていたことを認めたが、その他の大部分のものについては、関係書類はすべて処分しているのでわからない旨の回答をなすことに終始し、結局原告自身からは使途について何らの資料も得られなかつた。

(4) そこで調査官としては、本件係争年度分における原告が有する原告本人名義及び原告の架空人名義による銀行預金口座における金員の出入状況を年月日順に整理しなおした資料を作成したうえ、これと前記手形貸付元帳から集計整理した原告の銀行借入及び返済状況の資料を照合して、原告の銀行借入金の使途について丹念に調査した。

当時調査官としては原告が有限会社畠田産業(以下畠田産業と略称する。)の名称でレストラン「アラスカ」を経営していることのほか、昭和三九年初めごろ右「アラスカ」の営業権を買い受けた際金一〇〇〇万円を支出していることや、相当大きな商品取引をなしていることを知つていたので、右の費用に当てられていないか、もしくはその他の考え得る使途として、他の銀行からの借入金の返済及びその他の負債の返済等にあてられていないか等について検討を重ねたのであるが、ついに右の考え得る各使途にあてられた形跡を発見することができなかつた。

(5) 以上の事実を踏まえて、被告は、原告がその取引銀行である西相の天神支店、西新支店、駅前支店から原告本人名義及び今村勇夫他数名の架空人名義による手形貸付の方法で借入れた金員は、すべて第三者への貸付にあてられているものと推認し、その貸付年月日及び回収年月日としては、原告が高度の経済人であり、たとえ一日分でも余分な銀行借入利息の発生を避けて行動したであろうことが推測されることや、一部(被告の方で反面調査済みの分)につき原告自身が認めた貸付について銀行からの借入年月日と返済年月日が、第三者に対する貸付年月日と同回収年月日に符合していることから、原告が認めたもの以外の分についても右と同じく原告が銀行から借入れた日を第三者に対し貸付けた日として、銀行に返済した日を第三者から返済を受けた日と推認した。

そして、さらに銀行からの借入利率及び第三者への貸付利率としては、前者につき日歩一銭八厘(年利六分五厘七毛)を、後者については、貸付利率の判明している分についてはその判明した利率を、判明していない分については原告の貸付利率の最高の割合である月五分(日歩約一六銭)と最低の割合である月三分(日歩約九銭八厘)の中間値に近い日歩一四銭を採用した。

以上により被告が認定した原告の本件係争年度分の各貸付及びそれによる各事業所得金額の詳細は被告の主張1の(一)、(二)、(三)記載のとおりである。

以上の事実が認められる。

(二)  事業所得認定の適法性

(1) 以上の事実により被告のなした原告の事業所得認定の適法性について判断するに、およそ現行法上所得税については、給与所得の場合の源泉徴収制度を除き申告納税制度がとられているのであるが、納税義務者において所得申告の脱漏があると認められる場合に、収入金額及び必要経費等を明らかにすべき営業上の帳簿書類等がなく、また納税者の協力も得られないため、その所得の実額を把握できない場合には、租税負担の公平の原則を考慮して、所得と結びつく蓋然性ある諸事実を総合的に判断した上合理的な推認によつて課税することも許容されるものといわなければならない。そしてこの考え方は所得税法一五六条が所得を算出する直接の資料がない場合にも推計による課税を認めている趣旨からも当然に首肯できるところである。従つて右のような所得について事実上の推定がなし得る場合には、納税者においてそれが所得ではないことを反証すべき責任があるというべきである。

右見地から本件をみるに、銀行から低利で金員を借入れて、これを第三者に高利で貸付け、そのいわゆる利ざやを利得することは極めて巧妙な利殖方法であるというべきところ、原告はレストラン業を営む傍ら、これと同時に相当多額にわたる貸金業を営んでいること、原告は本人名義または多数の架空人名義を用いて、比較的短期間のうちに頻繁かつ多額の金員を銀行から借入れていること、右借入金の使途につき原告の営む貸金業以外の他の業務にあてられた形跡を認めるに足りる証拠が存しないこと後記のとおりであること、右借入金の一部につき原告自身右方法(銀行から低利で借入れて、第三者に高利で貸付けること)により第三者に対し金員を貸付け差額利息分の収益(利ざや)を得ている事実を認めていること、などの諸事実が認められ、これに右借入金員の出入状況が通常の取引のため使用したと認めるにはあまりにも不自然であるのに対し、これを第三者への貸付資金として運用するという観点からはその借入期間、借入頻度から判断して極めて合理的に理解しうることを合わせ考えると、被告において、原告の右銀行借入金が貸金にあてられたものと推認した点は、充分合理性を具備しており、適法というべきである。

従つて、原告が右推認による不利益を避けようと思えば、原告において右推認を動揺或いは覆し得る事実、すなわち例えば本件の場合は銀行借入金の使途が別にあること等を明らかにすべきである。

(2) ところで、原告は本件銀行借入金の使途につき、(イ)畠田産業の負債への立替払、(ロ)レストラン「アラスカ」の買取資金、(ハ)商品取引の資金、(ニ)長﨑相互銀行への預金等を主張するのでこの点につき判断する。

(イ)について原告本人尋問の結果により成立を認める甲第一七号証(畠田産業の昭和四〇年二月一日から同四一年一月三一日の決算報告書)には、期末仮受金の内訳として社長仮払、金三三一万四六七四円という記載があるが、被告の調査の結果によるも原告は本件銀行借入金について用いている架空人名義の預金口座のほか数十に及ぶ架空人名義による預金口座を有しており、判明しているほとんどの口座から各金員の出入を年月日順に抽出したうえ本件銀行借入金との関係を調査して、その結果、本件借入金からは原告主張の畠田産業への立替払金にあてられているものと認めるに足りる形跡がなかつたことは前記したが、他に原告の主張を認めるに足りる証拠もない。

(ロ)について、証人小川邦明の証言及び原告本人尋問の結果によると、昭和三九年初めころ、原告がレストラン「アラスカ」の営業権を譲り受けた際約金一〇〇〇万円を支出した事実が認められるが、証人清成英雄の証言及びこれにより成立を認める乙第三九、第四〇、第四四、第四五号証によると、右金一〇〇〇万円のうち金四〇〇万円については本件銀行借入金とは関係のない熊本相互銀行の預金口座を解約して銀行保証小切手を組み、これによつて支払われていること、残額については本件所得税の調査が行われた当初原告自身が黒木又雄名義のワリコーを処分して得た金員をあてた旨申述していたこと、その後の調査により黒木又雄は実在の人物で右ワリコーが真に原告の所有に属するものであるか疑問が生じたが、原告はこの点について合理的な説明をしないこと、等の事実が認められ、これによると残額金六〇〇万円についても本件銀行借入金から支出したものと認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠もない。

(ハ)については証人清成英雄の証言によると、原告が商品取引のため提供した委託証拠金としてはすべて株券等の有価証券があてられていること、(ニ)については証人喜田川章の証言及びこれにより成立を認める甲第一一号証ないし第一六号証によると、原告は昭和四〇年三月二七日から同月三〇日までの間に長﨑相互銀行黒門支店に五口合計金五〇〇万円を特別無記名定期預金として預け入れている事実が認められるが、原告において他行から借入れた金員を直接さらに他の銀行の預金に回す合理的理由があれば理解しえないでもないが、右長﨑相互銀行との取引は右預金以外に格別の取引関係があるものとは認めるに足りる証拠のない以上、右合理的理由を見出せず、他に原告のこの点に関する主張を認めるに足りる証拠もない。

以上のとおりであつて原告の主張を認めるに足りる証拠はない。

また、原告は銀行からの借入金と、その担保に供した原告の定期預金とが満期において相殺されているものがあり、これらについては貸付を推認するのは相当でないと主張し、前掲乙第二七号証の一、二、第二八、第二九号証、第三〇号証の一、二、第三二号証及び第三四号証によると、なるほど原告本人名義または架空人名義の定期預金のうち相殺により解約されているものがあることが認められる。しかしながら、右の相殺の処理がされている定期預金口座と本件銀行借入とは、その日時、金額等について対応関係を認めることは困難であつて、相殺処理がされているからといつてその分については第三者への貸付資金にあてられているとの前記認定に動揺をきたすものではない。

(3) そこで進んで被告のなした原告の事業所得認定の具体的内容の当否を検討する。

(イ) 被告は前認定のとおり、銀行備付の手形貸付元帳により一回毎の銀行借入の度に第三者への貸付を認定しているが、前掲乙第二〇号証の一ないし四、第二一号証及び第二三号証の各一ないし三、第二四号証ないし第二六号証、第三一号証及び第三三号証(いずれも原告本人名義または今村勇夫ほか架空人名義による西相天神支店及び西新支店備付の手形貸付元帳)によると、原告は銀行から手形貸付の方法で借入れたものを満期において書替えによつて借入を継続しているものがある事実が認められ、これらについては書替の時に新たに金員を借入れたものではないばかりか、書替の日に利息が重複して計上されることになるので、書替の都度原告が新たに第三者に金員を貸付けたと認定するのは相当でなく、右の場合には書替を経た後の最終的な支払がなされるまでをもつて一回の貸付と認定すべきである。

ただし、原告は書替の際に追加して借入れたりまた一部返済する等した場合(例えば、後記別表3の昭和四〇年分、借入番号一一七八、一七〇、二八七等の関係)があるが、右の場合については金員の出入関係が複雑で正確な貸付年月日、回収年月日、貸付金額等の把握が困難であるから、被告のなした認定もやむを得ないもので相当というべきである。

また、被告は、当初借入れた金額を原告が一部ずつ返済している場合について当初の借入金額を基準として貸付金額を認定している部分がある。

しかし、これについては原告において一度に二口又は三口以上の貸付金額を一度に借入れたものと推認するのが相当で、一部ずつ返済のあつた金額をもつて貸付金額とすべきである(別表3のうち同一借入番号を二つもしくは三つ以上に分けて記載しているものがこれにあたる。)。

(ロ) 次に利率について、控除すべき必要経費としての銀行借入利息の割合については原告において明らかに争わないので、被告認定の利率(日歩一銭八厘-〇・〇一八パーセント)をもつて相当というべきである。

収入利息としての第三者への貸付利息について原告は、本件貸付には常に仲介人たる第三者が介在し、同人らも利息の一部を得ており原告が受領した利息は月二分ないし三分の割合にすぎない、と主張し、証人中島健一の証言及び原告本人尋問の結果中右主張に沿う部分がある。しかしながら、原告の第三者への貸付利率が最高で月五分の割合、低くて月三分の割合であることは前認定のとおりであるところ、前掲乙第五二号証ないし第五四号証によると、原告が第三者に対し貸付をなす際すべてについて仲介人(訴外石倉岩五郎)が介在していたとも思われないこと、また、仲介者が金員の貸与者である原告と同等もしくはそれ以上の利息を受領することは経験則上通常の事態とはいえないことや、本件事業所得の認定については、収入金額からまず一般的な必要経費として一二%にあたる金額を控除したうえ、さらに必要経費を控除して所得金額を算出しているのであるから、仲介人等の費用もこれによつて一応の控除がなされているものと解するのが相当であり、被告が、第三者への貸付利率を平均値に近い日歩一四銭-〇・一四パーセントを採用したことは何ら不当なものとは言えない。

(ハ) 原告の第三者に対する金銭の貸付年月日、回収年月日については前記したとおり、被告のなした認定をもつて相当ということができる。

(ニ) 以上により本件貸付につき、原告が銀行から借入れた日を第三者に対し貸付けた日に、銀行に返済した日を貸金回収日に、銀行から借入れた金額を第三者への貸付金額に、銀行借入利息の割合を日歩一銭八厘-〇・〇一八パーセントに、第三者への貸付利息の割合を日歩一四銭-〇・一四パーセントとして貸付状況及び収入利息等を算定すると別表3の1ないし3記載のとおりとなる。但し、右別表のうち貸付日数について、被告において実際の期間より短い期間を認定したものがあるが、これについては原告に有利な取扱いであるから、被告の認定をそのまま採用することにした。

(なお取引銀行及び口座名義について、天神とは西相天神支店を、西新とは同西新支店を、駅前とは同駅前支店を、今村とは今村勇夫を、恵村とは恵村よし子、星野とは星野公成、山脇とは山脇順二、若松とは若松満夫、大槻とは大槻公輝(以上いずれも原告が用いた架空人名義)を指す。)

(三)  昭和四〇年、同四一年度分の手形割引による事業所得について

いずれも証人清成英雄の証言により真正に成立したものと認められる乙第一九号証、第四一号証ないし第四三号証の各一、二と同証言を総合すると、原告は昭和四一年から同四二年にかけて継続的に、北九州市小倉区にある金融業者株式会社キユーシヨー(代表者池田冨美男)を通じて手形割引(再割引)をなしていたこと、そして昭和四一年度における右手形割引の割引料として合計金二七万九二九三円の収益を得ていたことが認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。被告は昭和四〇年度においても合計金一〇万〇九二五円の収益があつたと主張するが、その点これを認むべき何らの証拠もない。前示各証拠からは昭和四二年度においてほぼ右金額に符合する収益のあつたことが窺われるので、被告においてあるいはこれを錯覚したものとも考えられる。

(四)  昭和四一年度の事業所得のうちの雑収入について

前掲乙第五一号証、証人梯賢一の証言及び弁論の全趣旨によると、原告は訴外古賀平七に対する金八五〇万円(原告支出額金六五〇万円)の貸付につき金員の回収ができなかつたため、担保に供されていた同人の不動産を処分して、右元金、利息等を回収したほか更に何ほどかの利益をあげたことが一応窺われるが、右不動産の処分についてはその時期、方法、代金額など具体的内容に関してはほとんど証拠がなく、わずかに証人梯賢一の証言中に代金額が一一〇〇万円位であつたとの部分があるのみで、これだけで処分価額を確定することに疑問があるばかりか、右処分に要する費用(仲介料、登記手続費用、関係諸税等)あるいは収益の配分方法等余りにも不明確な部分が多く、未だ被告主張の雑収入金五八万六七二〇円を認めるに充分でない。他に格別の証拠もない。

2  雑所得について

商品取引による雑所得に関し、被告認定の収入金額については当事者間に争いのないことは二の冒頭記載のとおりであるが、原告は昭和三九年分につき江口商事における浦倫名義の、昭和四〇年分につき同じく江口商事における浦倫名義及び江﨑昇名義の、昭和四一年分につき岡藤商事における中村敏子名義及び神沢洋子名義の、各商品取引により、それぞれ金五九万一五八九円、金二二二万七二〇〇円、金八七八万〇八四〇円の損失を受けたと主張するので以下この点について順次検討する。

(一)  昭和三九年分について

(イ) 証人梯賢一の証言及び成立に争いのない乙第四八号証によると、江口商事大牟田出張所において、真実が誰の取引であるかは別として、浦倫名義による小豆、大手芒の商品取引により昭和三九年度の最終取引日である一二月一九日までにおいて金五九万一五八九円の損金となつている事実が認められる。

(ロ) そこで、浦倫名義による取引が、原告のなした仮名による取引であるか否かについて検討する。

証人浦忠正の証言によると、浦倫という人物は江口商事に勤務していた証人浦忠正の実父であつて現に実在しており、当初(昭和三九年の五、六月ごろから)浦倫本人もしくはその子である浦忠正が取引をなしていたところ損失を蒙り、いわゆる死んだ口座となつていたものを、同年一〇月ごろから訴外中井紀夫が右口座を利用して取引を開始し、証人浦は昭和四〇年の五月ごろ、右中井からこの取引が実は原告の取引であつて、中井はその代理人にすぎなかつたことを聞き知つたということを述べ、右証言部分は原告の主張に符合するものの如くである。

(ハ) しかしながら、証人梯賢一の証言及びこれにより成立を認める乙第五〇号証によると、浦倫名義の商品取引に際し委託証拠金として提供されている株券はそのほとんどが実在する浦倫自身のものであつて、浦倫名義以外の株券についても原告との関連性を窺わせるに足る証拠のないこと、また浦倫自身が、本件調査(審査請求段階の調査)の際、右取引が自己の取引であることを言明していることや、また前記証人浦忠正の証言によるも浦倫の取引から中井を通じた原告の取引への移行の際の処理方法が明確さを欠いていることなどを合わせ考えると、原告主張の浦倫名義の取引が原告のなしていた取引であるとはにわかに認め難いものがある。そして、成立に争いのない乙第四七号証、第四九号証にも一部原告の主張に沿う記載があるが、右各書証は原告が審査請求の際に自ら提出したものであるうえ、これらには取引の開始年月日が昭和三九年一〇月一三日となつており、しかも浦倫名義の全取引を記載した前記乙第四八号証と照合すると、乙第四七号証は、昭和三九年分の取引のうち浦倫による取引の損益を含んだ上、中途からの部分を抜き出し、しかも取引と関係のない入金等までを含めて、同年度分(昭和三九年一一月一四日までとなつているが乙第四八号証によると同年度の最終取引日は一二月一九日である。)の損金が金一四八万九一八三円となつていることなどから判断して、その信用性に多大の疑問があるところ、これより以前に作成されたはずの前記乙第四九号証(中井紀夫作成の原告に宛てた精算書で作成年月日は昭和四〇年一月一五日)は右乙第四七号証にぴつたりと符合する形の記載となつている。従つて右乙第四九号証は、乙第四七号証が作成された当時に、しかも同書証をもとにして作成されたのではないかという疑問-即ち商品取引による欠損を作出するために事後に作成されたのではないかとという疑問-を払拭しきれないものがあり、この疑問は前記の浦倫名義の取引が果して原告のなしていた取引であるか、という疑問をいよいよ増大させる。

(ニ) 以上、彼此斟酌すると、結局、原告の主張は認めることができず、他にこれを認めるに足る証拠は存しない。

(二)  昭和四〇年分について

原告は浦倫名義及び江﨑昇名義による商品取引における損失を主張するのであるが、浦倫名義の取引が原告のなしていた取引とは認め難いことはすでに述べたとおりである。

そこで江﨑昇名義の取引について検討するに、証人梯賢一の証言によると、江﨑昇も実在の人物であつて、江口商事に勤務する事務員の訴外山下某が、大牟田市内の江﨑昇方に下宿していた関係から、同人に無断で江﨑昇の名義を用いて取引をしていた事実が認められ、また、前記中井紀夫も山下の利用していた名義を同人から借りて中井自身の取引として行つていたことを認めていること、さらに原告本人尋問の結果によるも、原告は中井の行つていた取引の詳細を全く知らなかつたというのであるから、この点に関する原告の主張も採用できず、他に原告主張事実を認めさせる格別の資料はない。

(三)  昭和四一年分について

(イ) 証人柿原弘義の証言により各成立を認める甲第七号証の一ないし五、第八号証の一ないし一二、第九、第一〇号証を総合すると、岡藤商事福岡支店において、昭和四一年七月五日から同年一二月一二日までの間に神沢洋子名義及び中村敏子名義による小豆等の商品取引がなされ、右取引により別表4記載のとおり合計金七二六万五七四〇円の損金が生じている事実が認められる。

(ロ) そこで右神沢及び中村名義の取引が原告の仮名による取引であるか否かについて検討する。

原告本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第一八号証、証人柿原弘義の証言によると、岡藤商事は当時角丸証券に勤務していた訴外中井紀夫の依頼により、昭和四一年四月ごろから中村敏子名義により、同年一〇月か一一月ごろから神沢洋子名義で商品取引の仲介をなした。当時岡藤商事としては、右取引に関する委託証拠金及び追加証拠金の納入手続ならびにその他の事務連絡や打合せにつき中井自身及び中井の指定した住所(中井の住所)等に対して連絡していたので、右取引は中井自身の取引であると信じていたところ、同年一二月ごろから原告自身と原告名義による取引を開始するようになり、その後翌四二年の夏すぎごろ右岡藤商事の担当者であつた柿原弘義が原告の呉服町にある事務所において商談の打合せをしていた際、原告から頼まれて印鑑を捜すのを手伝つた時に偶然中村敏子と神沢洋子の印を発見した。そこで右柿原においてこれを原告に尋ねたところ、原告から中村名義及び神沢名義の取引は中井に頼んで自分がやらせていたものであることを打ち明けられた、との証言部分があり、右証言自体は格別疑う余地はない。

そして、また、原告本人尋問の結果真正に成立したものと認められる甲第一九号証(中井紀夫作成金八〇〇万円の預り証)、第二〇号証(同じ中井紀夫作成の金一〇〇万円の預り証)、第二一号証(中井作成の計算書)によると、原告は中井に対し合計金九〇〇万円を渡して神沢洋子名義で取引をなすことを依頼し、中井が右依頼に基づき取引をなした結果、神沢洋子名義の取引では合計金四〇五万円の損金を出した(右損金の額は別表4の神沢名義の損金額と一致する。)旨の記載があり、これと前記証人柿原弘義の証言と合わせ考えると、岡藤商事における神沢及び中村名義の取引は真実原告のなしていた取引ではないかとの推測にも一理ないわけではない。

(ハ) しかしながら、その反面、次のような疑問もまた払拭できないものがある。即ち、証人清成英雄の証言及びこれにより成立を認める乙第七号証の一ないし八、第八号証の一ないし四、第九号証の一ないし一二、証人梯賢一の証言及びこれにより成立を認める乙第五一号証を総合すると、原告は本人名義でなした商品取引においては全く損失を出していないこと(この点は原告本人尋問の結果からも認められる。)、原告は原処分がなされる以前の調査段階では清成調査官に対し、また当初原告が依頼していた田中税理士に対しても、商品取引による損失があつたことを全く述べていないばかりか、むしろ商品取引によつて儲けたことを金額をあげて自慢するように話していること、原告が商品取引による損失を主張し始めたのは審査請求の段階に至つて初めてなされていること、原告自身の本人名義による商品取引においては何ら損失がなく、前記(一)(二)をも照合すると原告は中井に依頼した分だけが、終始損金となつており、これは自然とは思われないこと、原告は商品取引による収益については課税されないものと信じていた(この点は原告本人尋問の結果からも明らかである。)のであるから、架空人名義を用いる必要性は存しなかつたのであり、原告本人尋問の結果、この点に関し縁起をかついだ旨述べているが必ずしも合理性あるものとは思われないこと、原告が前記証人柿原に対し、中村及び神沢名義の取引が自己の取引であることを打ち明けた時期が、原処分をなすに至る調査が開始された時点(即ち商品取引による収益に対しても課税されることを知つたと思われる時点)と符合すること、及び、その方法が、自己の使用している多数の架空人名義の印を他人に探させるという極めて(作為的ともいいうる。)不自然なものであること、甲第一九、第二〇号証によると原告は現金で金九〇〇万円を中井に資金として渡したことになつているが、中村名義及び神沢名義の取引で委託証拠金として提供されているのは、全て株券であつて合計約三三万株にも及ぶものであるところ、それら全部につき第三者名義の株券であつて原告との関連性を見出し難いこと、甲第二一号証の内容を子細に検討すると、中井は原告から金九〇〇万円を預つていたところ金四〇五万円の損金が出たが、すでに金五〇〇万円を返済しているので金五万円の不足となつている旨記載されており、中井が原告の代理人として取引をなし、それによつて損失が出た場合には原告の手許に返還されるのは取引終了後の差引残高金四九五万円であるべきであるのに、あらかじめ、即ち取引終了前に金五〇〇万円を返済しているようになつているのは不可解であること、また前記(一)で述べたように原告が審査請求の時点で提出した乙第四九号証(中井作成の原告に宛てた精算書)が信用できないものであるところ、右甲第二一号証もこれと全く同じ様式の書面であつて署名及び押印の点についても全く同様であること、中井は前記のとおり証券会社に勤務していたのであるが、預託を受けた他人の株式等を無断で流用したため横領罪に問われ、大分刑務所に服役(現在なお刑期が満了しているのか否かについては判然としない。)している者であつて、この点から中井が他人から預託を受けた金員ならびに有価証券類を自己の計算において運用していたことが窺われるのであるが、原告と中井との関係も右のような関係であつて、中井が果して原告の代理人として単なる手足のように振舞つていたかは疑問であり、むしろ中井に対して、利殖方法の一還として金員を貸付けたような関係にあるのではないかと推認されなくもないこと(この点は原告本人尋問の結果、原告は中井がどのような取引をなしていたかは、まかせきりにしていたのでわからない旨を述べていることからも窺うことできる。)等である。

(ニ) 以上の点を総合勘案すると、結局前記証言及び書証が存在するにも拘らず、原告の主張を認めることは困難であつて、その他の全証拠によつても(ロ)掲記の疑問を氷解させるに至らない。よつて原告の主張は採用することができず、被告が原告主張の損失を認定しなかつたことは相当として是認することができる。

3  以上(争いない部分を含む。)をまとめて、本件各係争年度分の原告の所得を算定すると次のとおりとなる。

(昭和三九年分)

〈省略〉

〈省略〉

(昭和四〇年分)

〈省略〉

但し、右事業所得の収入金額については被告において前記二の1における算出金額から、さらに金二万五八五〇円を減額すべきものとしており、これは原告に有利な取扱いであるから、そのまま採用し、右同額を減額したものである。

(昭和四一年分)

〈省略〉

但し、事業所得(貸金)の収入金額は、手形割引料収入金二七万九二九三円を含むものであるが、昭和四〇年分と同様に被告は、さらに金二三万二〇八〇円を減額すべきものとしているので、同額を減額したものである。

4  過少申告加算税及び重加算税について

前記1ないし3記載のとおり本件処分は3記載の所得金額の合計額を越えない範囲において適法というべきところ、前記認定の諸事実及び前掲証人清成英雄、同吉積徳夫、同梯賢一の証言によると、原告は本件係争年度分の所得のうち、不動産所得及び事業所得について所得を故意に隠ぺいして納税申告書を提出したことが充分に窺われ、また被告は、右の各所得額を基礎として各種加算税を賦課した事実も認められるので、本件処分のうち各種加算税に関する部分も右所得金額を越えない部分に対応する部分において適法であるということができる。

三、以上のとおりであつて、本件処分は、二の3記載の所得合計額を越える部分とこれに対応する税額及び各種加算税額は違法であつて、取消を免れない。

よつて原告の本訴請求は右の各部分の取消を求める限度で理由があるのでこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担については民訴法八九条、九二条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 権藤義臣 裁判官 簑田孝行 裁判官 郷俊介)

別表1

〈省略〉

別表2

〈省略〉

別表3の1

〈省略〉

別表3の2

〈省略〉

別表3の3

〈省略〉

別表4

〈省略〉

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